yoonaのココがみどころ!
■笑えないです。硬派な労働争議のドラマ。
■ラブコメに多く出ていたチ・ヒョヌ、除隊後人が変わったよう。
■一般のおばちゃん、おじさんが、良い。
久々に硬派なドラマ。
12話で良かった。これを20話以上見るのはつらい。
韓国の放送局が地上波3局だけから、ケーブル局ができて、
これまでにはなかったタイプのドラマが作られるようになって、
こういう硬派なドラマも作られるようになった。
表現が過激にもなったので、見ていないものも多いけれど。
「ミセン」なんかは、その代表例で、この「錐(きり)」もかなり評判にはなったらしい。
原作は「ミセン」同様、ウェブ漫画だとのこと。
舞台は2003年のフランス資本のスーパーマーケット「フルミマート」。
実際に2003年に韓国のカルフール(フランス資本)で起こった労働争議がもとになっているそうだ。
当時韓国は1997年の通貨危機を経験して、そこで解雇された人たち(主に女性)が、
スーパーなどで非正規雇用で働くことが多かったらしい。
企業はいつでも人員調整ができる非正規雇用の社員を増やそうとしており、
そのために正社員が解雇されることも多かった。
「錐」はその労働争議の話であり、スーパー社員が登場して、
理不尽な経営陣をやっつける話ではなく、
ごく普通の社員たちが、団結して企業に立ち向かおうとする話である。
けっして楽しくはないし、どちらかといえば、見ていて鬱々とする話である。
フルミで青果部門のマネージャーを務めるイ・スイン(チ・ヒョヌ)は、
士官学校を出た将校だったが、根っからの曲がったことが嫌いな性格から、
軍のやり方に従うことができず退役し、民間の企業で働いている。
ドラマは、部長が各部門の課長に、「正規社員をクビにしろ」というところから始まります。
企業は都合に合わせて人件費を調整できる「非正規」を増やしたいためだ。
スインは「違法」な指示に従うことができず、上層部だけでなく、同僚の課長たちとも対立していくことに。
民間の企業、外資系の企業にあっても、軍隊と同じように理不尽なことは多々あり、上司の高圧的なやり方や、部下が不当解雇されることに我慢がならず、
そのまっすぐな意見をぶつけるために、あちこちで軋轢を起こす。
労働事務所の所長、ク・ゴシン(アン・ネサン)と知り合い、
労働者として会社と闘うという方法を知り、周囲を巻き込んで労働組合を組成していく。
2003年の話なので、今現在よりはずいぶんやり方が荒っぽいと思われるし、
私自身は労組の活動とは無縁のまま会社生活を送っていたため、
あまり思い入れのないまま、客観的に一つのドラマとして見ていた。
1話で、スインの気が弱いけれどまっすぐゆえに、どこにいても他人とぶつかってしまうという性格が、会社の中と、過去の軍隊での生活をオーバーラップさせながら紹介される。
正直、スインの性格にはちょっと辟易とする。
まっすぐで優秀だが、一緒に仕事をするのは大変そうだなと思う。
一方で、会社というところ(軍隊にも)、いろんな事情をもったさまざまな人がいて、みんなが同じ理由で働いているわけではないこと、
他人を思いやる人ばかりではないけれど、自分より他人のことを思う人もいるということがわかる。
スインとともに労組を作っていく従業員たち一人一人のキャラが丁寧に描かれていて、
その一つ一つが、いずれみんなが一つになっていく過程で障害となる。
スインの性格の分析が丁寧なため、こういうことが起きたら彼ならどうするか、
どういう反応を見せるか、そのためにどういうことが起きるかというストーリーの作り方に破綻がなく、
それがこの暗いドラマを最後まで見せる力になった。
スインを助けるク所長もまた、想像を絶する過去の傷(心にも体にも)を抱えていて、
絶対的に信頼できる完璧な人間というわけではない。
誰もが少し欠けたところを持っていながらも、力を合わせれば、強大な勢力にも立ち向かえるか、というのがテーマだと思うけれど、
その「力を合わせる」「同じ方向を向く」ことの難しさを感じる。
労働運動にかかわる人というのは、ものすごくカリスマ的な力、思想とか演説力とかを持っているというイメージだが、
今、日本の社会では、労働運動がさほど盛んではないこと、企業内というより、派遣社員などの会社外の組織が多いので、あまりピンとこないところもある。
同じ状況にさらされた人たちが団結して大きな勢力に立ち向かうというのは、
それを思いついたときには意欲や希望にあふれているが、
異なる事情を抱えた人たちであるがゆえに、衝突や反対も次々に起こってくる。
知識レベル的にはそう高くはないが、権利は主張する人たちを引っ張っていくリーダーにとって、何が重要なのか。
ク所長は、人付き合いの悪そうなスインでは組合員が集まらないから人望のある社員をつかまえて勧誘させろと言い、
そのことにスインはちょっとムッとするが、
チェ・ガンミン(ヒョヌ)を支部長とすると、次々に加入者が増え、
自分にはないガンミンの「明るさ」「人の良さ」を認める。
(ガンミンはお金持ちの息子らしいので、そこそこ育ちもいいらしい)
会社と従業員の対立シーン、上司の嫌がらせの数々が、スーパーマーケットの店舗内、それも営業時間内に繰り広げられるんだけど、
これって私がお客だったら、その店は避けちゃいますね。
もう、ヤクザ同士みたいだもの。
ドラマの中では、「お客の不満」を取り上げることはありませんでしたが、
時代はまだまだ「顧客第一主義」を掲げる以前だったんでしょう。
後半で、フルミの労組がストを実行するという段になって、
ク所長ではなく別の労働事務所が関わることになるが、
ここのチュ所長のやり方がまた「ザ・闘争」って感じで、
スインの目指す、会社と対等に議論する、けが人は出さないっていう主義とは全く違って、理想の実現のためには多少の犠牲もいとわず。
結局、スインはこの所長とも同調できない。
このころ、人事常務の部下がスインのところにやってきて、
「金持ちになりたいのか。闘士になりたいのか」と聞きますが、
スインは答えず。どっちでもないんですよね。
スインは、「違法なこと」が許せないだけ。
それが労働運動の根本なのかなと。
決して、ほかの誰かを使って、自分の理想を実現させるものでもないし、
不当に高い報酬を得るためでもない。
スインの断食が続いて、断食なんて自分が弱るだけで無駄だよと思いながら見ていたけれど、
運よく本社から人が来ることになり、その前に常務との交渉の場を得ることになり、
スインたちの要求はほぼ通ることになるが、スインには異動が申し渡される。
行先は、「人材開発院」という名パソコンもない部屋。
会社という組織にたてついた者の行先としてはありがちだが、
一緒に闘った仲間からのメールをみて、スインは再び会社と闘うことに。
・・・というのが結末。
途中で何度も、スインが行き詰まって「もうやめたい」「これで終わりにできる」と挫折しかかるが、
従業員を助けるために何度も思いとどまる。
そのたびに「終わりはない」とでも言いたそうなク所長の顔が、印象的。
そう、おそらく、スインの闘いに終わりはないのだ。
労働の現場に次々に新たな問題が起きること、上層部も従業員も入れ替わるし、
何よりもスインの性格では、「違法なこと」を少しでも見逃すことはできないだろうし。
その一度の成功体験が、次の活動へと背中を押すことになるのだろう。
活動の間、忘れられているようなスインの家族はどうなるのかなとか、
いずれ愛想をつかれるのじゃないかと不憫になる。
(そもそもスインは独身かと思っていたのに、どうやら子どもが生まれることになって、1年も妻の実家に妻子を預けっぱなしだったことがわかる。)
いわゆるイケメンは全然出てこないドラマだ。
(チ・ヒョヌはイケメンに入るのだろうか?)
ただ、スーパーの従業員を演じるおばちゃんたちや若い子のキャラが、
普通のドラマ以上に立っている。
部長や課長も、企業側には立っているけれども、それぞれに守るものがあり、
そのために仕方なく上層部の言うなりになったり、ずるく立ち回ったりしているのだ。
そう考えると、労働争議は、特定の上層部と従業員個人の問題ではなく、
やっぱり社会の構造というか、そういう問題なんだろうと思う。
であれば、後から出てきたチュ所長のやり方も、まったくの間違いではないのだろう。
「働く」ということについて、いろいろ考えたドラマ。
折から、新型ウイルスの拡大によって、これから企業の事業が縮小されたりすることが予想される。
真っ先に厳しい立場に追いやられるのは、非正規労働の人たち、
時給や日給で働く人たちが、働く日を削減されると困ることになるだろう。
企業側はそういう時のために、一定の枠をそういう場合のために割いておくわけで、
企業経営の効率の追求と、労働者の働き方の問題は、なかなか同じ方向を見られないというのが現状だろう。
まあ、重たいドラマでしたね。
たまにはこういうのを見てもいいかな。
たまにね。
日本版は、「明日への光」ってサブタイトルがついたのね。
「錐」という変わったタイトルは、どこにでも集団のなかから、「錐」のように突き出してくるやつがいる、っていうク所長の独白から来ている。
なのでまったく違うタイトルにはしづらかったのだろうけれど、
「明日への光」はどうかなあ。それほど希望だらけのドラマではないと思うんだけど。
【作品メモ】
韓国放送:2015年10月~ JTBC
演出:キム・ソギュン 脚本:イ・ナムギュ/キム・スジン
全12話
水産課の社員、ファン・ジョンチョルを演じたイェソン(Super Junior)のOST。